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はつこいシャボン

 

 

幼馴染健人くんと両片思い。微裏表現あり。

recoさん(@szreco)の企画に参加させていただきました✧̣̥̇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、それとって」
『ふぁい、』
「お前口に詰め込みすぎ(笑)」

 

 

そういう自分だってほっぺたは丸く膨らんでいて。モグモグする姿はまるでリスみたい。

 

ごまだれとポン酢。迷いなく渡したのはごまだれで、もちろんそれは正解だった。この男がしゃぶしゃぶでは圧倒的にごまだれが好きなことも、豚肉より牛肉派なことも飽きるほど知っているんだから、まあ外れる筈が無いんだけど。

 

 

『このお肉ほんと美味しいね』
「それ!めっちゃ美味い!俺さっきから箸止まんないもん」
『やめてよ、わたしの分なくなっちゃう!』
「......○○、しゃぶしゃぶは戦争だよ?」

 

 

巫山戯た時の、少し眉を上げながら悪戯っぽく笑うこの表情がずっと好き。
ずっとって言うのは、そうだな、かれこれもう15年くらい。

 

......いざ数字にしたら長すぎてちょっと自分でも吃驚する。

 

幼馴染の健人は、気付けばいつも隣に居た。

 

 

 

 

 


小学4年生の時にマンションのお隣さんに健人が引っ越してきて。少しだけ引っ込み思案だったのに、やけにわたしに懐いてくれてたっけ。

 

「ねえねえ○○」
『なにー?』
「俺のかのじょになる?」
『?ならないよー、小学生だもん』
「えー!じゃあおよめさん!」
『そんなのもっとむりだよ』
「じゃあじゃあ将来なってくれる?」

 

あの時なんて答えたんだっけ。でも結局なんだかんだ言いくるめられて、シロツメクサで作った指輪を薬指に嵌められたのは覚えてる。

 

枯れちゃった時は本当に悲しくて。あんなに泣いたのはあの時が初めてかもしれない。

 

 

 

 

中学生の時は少し微妙な距離ができたんだよね。クラスの女の子に冷やかされるのも、幼い嫉妬による陰口を言われるのも、何だか全部いやで仕方無くて。

 

いつものように健人を避けてた帰り道、夕陽の光が川の水面で跳ね返って、ガタンゴトンと音を奏でる電車にぶつかるあの河原。

 

「、○○、待って!」
『もう、話しかけないでってば...!』
「俺なんかした?もししたなら謝るから」
『......健人は何も悪くないよ、』
「じゃあなんで避けんの?」
『っ、別にわたしじゃなくてもいいじゃん!健人の周りなんて女の子いっぱいいるんだから!』

 

あの時の健人の、傷付いた瞳の色は今も色褪せない。1度視線を地面に落としたあと、真っ直ぐに見詰められて。

 

「でも○○じゃないから、......よく分かんないけど○○じゃないと嫌だ」
『............うん、』
「よし、じゃああそこでアイス買って帰ろ!特別に○○の好きなバニラ買ってあげる!」

 

いつものようにチョコのアイスを食べる横顔はやけにキラキラしてて。"一口いる?"、そう差し出されたアイスは食べれなかった。

 

 

 

 

高校の頃は、既にアイドルへの道を歩み始めていた健人は有名人で。こっそり健人の部屋で会う時間が1番の楽しみだった。

 

「ちょ、お前ベッド上がんなって!」
『えー、健人潔癖症じゃないんだからいいじゃん』
「......そういう問題じゃない」
『意味わかんない』
「...もう、いいから降りて!」
『やーだー!』

 

俯せになって枕に顔を沈めればふわり、と健人の匂いに包まれる。嗅ぎ慣れた柔軟剤の中に、最近つけ始めた香水の匂いを見つけて。

 

まるでそれはわたしの知らない健人みたいで、一気に寂しさと虚無感がわたしを襲った。

 

「はあ...、○○さあ、誰の前でもそんな無防備なの?女の子なんだからもっと気を付けなきゃだめじゃん」
『健人の前だけだもん』
「........、なに、俺だから安心ってこと?」
『え、っと、うん、、だめ、?』

 

ちらり、と寄せられた瞳は今まで見たことがない、男のそれだった。ぐい、と身体を反転させられれば天井を背景に健人の顔が近付く。

 

吐息が、右耳に触れて擽ったい。......どうしよう、心臓が痛くて痛くてはち切れそうだ。

 

『ちょ、っと、健人!』
「俺だって男だよ?」
『わかって、』
「分かってない」

 

どうして君は、そんなに苦しそうな顔をしているんだろう。切なさを絞り出すような声が鼓膜にぽつり、と響く。

 

「...お願いだから、他の男の前でそんな顔しないで」
『けん、...ん、.........!』

 

名前は呼べなかった。唇が触れたから。
想像よりもずっと柔らかかったそれがゆっくりと重なった刹那、ぱちん、と封印していた想いが弾けて飛んでった。

 

もう誤魔化せない、抑えれない、

 

......どうしよう、健人がすき。

 

 

 

 


キスはあの日の一度っきりで。健人はごめんを言わない代わりに付き合おう、だとかも言わなかった。曖昧な月日が終わったのは大学生の頃。

 

『ん〜〜、けんとお、ごめん、ごめんねえ』
「お前何杯呑んだらそんな酔うわけ?」
『おこってる?』
「怒ってる」
『おむかえたのんだから?』
「それは別にいいし、寧ろ頼まなきゃもっと怒ってるから」

 

運転する健人の横顔、かっこいいなー......、世界一綺麗な横顔かも。あ、でも今は怒ってるからちょっと眉が歪んでる。

 

「なんで怒ってるか分かったの?」
『けんとって怒ったらさあ、すぐなんでだと思う?って聞くよね』
「.........○○」

 

ピシャリとした言い方に低い声。思わず肩を竦めれば車が路肩に停止した。

 

「マジで心配させないで」
『......ん、ごめんなさい』
「もう飲み過ぎ禁止、外では2杯まで」
『えっ、2杯?』
「2杯」
『はあい、、』
「えらいね、いい子」

 

大きな手が最近染めたばかりの髪を撫でる。ふわっと向けられた笑顔がそれはそれは甘くて。
やっぱりすきだなあ、って思ったの。

 

『.........すき、健人』

 

助手席から身を乗り出してぶつけるように唇を重ねたのは衝動的。まんまるに開いた健人の瞳をじっと見詰め返せば、振り切るようにその瞳が瞼を下ろして。

 

「酔った勢いとか許さないから」
『んん、...!ふ、ン.........、っ』

 

高校生の頃にしたようなキスじゃない、もっと大人な口付け。滑り込んだ舌はわたしの全部を知り尽くすように動く。

 

そのまま健人のマンションへ連れて帰られれば無言でベッドに押し倒されて。堰を切ったように何度も唇が触れる。

 

「○○、きもちい?」

「......そんなかわいい声出すんだ」

「だめ、逃げんな」

 

耳奥に囁かれるたび、男らしい手が誰にも触れられたことのない部分にふれるたび、キリリとした痛みが快感に変わるたび、愛おしいというような瞳で見詰められるたび、わたしは泣きそうだった。

 

嗚呼、なんて幸せなんだろう、このまま溶けて1つになってしまいたい、すき、健人、だいすき、この震える心臓をあげてもいいくらいに。

 

『けんと、......っ...、あ、健人、〜〜〜!』
「っ、ぁ、...く、.........、!」

 

初めての快感のせいか、はたまたアルコールのせいか。一気に意識がふわふわに包まれて。

 

「多分俺の方がずっと好きだよ」

 

薄れゆく視界の中で、君がそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

こんな風にわたしたちの今までを振り返ってしまうのは、今日でこんな日々も終わりだから。

 

あれ以来お互い一度も好きと言わずに、歳と唇と身体だけ重ねてきた。この関係は言わば、幼馴染であり良き友人でありセフレというなんともヘンテコな関係だろう。

 

ずっと何も言わない健人に甘えてきたけど、ちゃんと分かってる。わたしたちの未来なんて、この広い世界の片隅にさえもないことくらい。

 

だからね健人、

 

 

『幼馴染に戻るか、もう二度と会わないか、どっちがいい?』
「ん?あ、もしもみたいな話?(笑)」
『わたしはね、もう二度と会わない方がいいと思う、健人は?』
「は、ちょ、まって、なんで...」

 

『わたし結婚しようと思うの』

 

 

健人の箸がからん、と音を立てる。すり抜けたお肉がぷかぷかと浮いて。

 


勿体ないからさっとそれを掬って口の中に放り込んだ。

 

 

「誰と、?え、もう相手がいんの?」
『相手いないと結婚するなんて言わないよ』
「ッ、だから誰と!」

 

 

初めて聞いた大きな声にびくり、と肩を揺らせばハッとした顔をして。"...ごめん"、気まずそうに俯けばグツグツと沸騰する音が静寂に響いた。

 

 

『会社の人、告白されたの、結婚を前提に付き合ってくださいって』
「......○○はその人のことが、...好きなんだよね?」
『.........それは、』

 

 

もちろん好きだよ、たった8文字が喉につっかえて言葉にならなくて。全身が拒否するの。健人以外を好きだと言うことを。

 


ぽたり、と涙がテーブルにあたって弾けたその時。まるで壊れ物に触れるかのように優しく健人に抱き締められた。

 

 

「○○は俺のこと好きなんじゃないの」
『っ...、なにそれ、自信満々、むかつく、』
「俺の方がむかついてる、長年の想いどうしてくれんの?こっちはもう15年好きなんですけど」
『、え、......』
「大体約束したじゃん小4の時、俺のお嫁さんになるって」

 

 

え?あれわたし結局なるって言ったんだっけ?っていうかそんな小さい頃の約束って有効なものなの?

 

 

「彼氏、将来的には旦那さん」
『え?なに......、』
「さっきの答え」

 

 

唇を掠め奪った健人がまた悪戯っぽく笑う。

 

ずっと聞いてみたいことがあったんだ。

 

何度も聞こうとしてやめた、ありきたりでちょっと恥ずかしくなるようなそんな質問。

 

 

『ねえ、健人』
「ん?」
『...わ、わたしのこと好き?』
「えっ○○ってそういうの聞くんだ、かわいい」
『、〜〜!も、答えて!』
「すきだよ、好きじゃ足りないくらい」

 

 

ぎゅう、と腕の中に閉じ込められる。横目でしゅわしゅわと弾けるビールの甘くて苦い泡を見ながら思ったの。

 

きっとわたしは今日を一生忘れない、って。

 

 

 

 

 


end