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雪色のプリマヴェーラ chapter4

 

 

お隣さん健人くんと急接近

 

第4話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

透けてないか不安になる半透明の扉がコンコン、と控えめに叩かれる。シャワーに掻き消されないよう返事をすれば、平静を装ったはずの声は思いっきり裏返って。
......意識してるのバレバレ、恥ずかしすぎる。

 

 

「○○ちゃん、着替え置いとくね」
『ありがとうございます!』
「あと化粧水とか好きに使って大丈夫だから、俺ので申し訳ないんだけど」
『何から何まですみません、、』
「いえいえ、ごゆっくり」

 

 

ちょっとだけ整理をしよう。わたしは今晩、健人くんと、...デートに行って。いざ帰ろうとしたら鍵が無くて。わたしが良ければ、と泊まることを勧めてくれた健人くんに全力で断ったらまるで寂しがる子犬みたいな瞳をされて、お言葉に甘えることになって、そして今は化粧水たたき込んでる.........って、何チャンのドラマ?

 


普段使えないようなハイブランドの化粧水を遠慮気味に拝借する。置かれていた着替えはまさかのバスローブ。そういえば健人くんもお風呂上がりにバスローブ着てたっけ。初めて身を包んだそれはわたしには少し大きくてふわふわで、健人くんと同じ香りがした。

 

 

『色々お借りしました......』
「ん、おかえり」
『ただいま、です、』
「ふふ、○○ちゃんのすっぴん見れちゃった」
『!み、見ちゃダメです!』
「こら、この手だめ」

 

 

思わず顔を覆った手は緩く捉えられて。明るくなった視界には、思ったよりも近い距離の健人くん。......キメ細やかな白い肌、女の子顔負けに長い睫毛、どうしよう、ドキドキする。

 

 

「.........ほら、かわいい」
『...っ、〜〜〜!』
「あー、...っと、ちょっと待ってて」

 

 

心臓、止まるかと思った......。何故か頬を少し赤らめればくるりと向こうへ行く背中を見詰めて。絶対健人くんにかわいいって言われる度に少しづつ溶けてる気がする。

 

 

「どうぞ、お姫様」
『わ、いい匂い......!それに美味しい、、』

 

 

ことり、と目の前に置かれたカップからはハーブティーの芳醇な香り。一口飲めば火照った身体に冷たさが心地好くて。スッキリした後味に舌鼓を打つ。

 


気分が落ち着けば、さっきまで見ていなかったインテリアに目がいって。クリムトの接吻のレプリカや、色んな本、健人くんが表紙にいるDVD、......あのミラーボールは一旦触れないでおこう。

 

 

クリムト本当にお好きなんですね』
「うん、今は前よりもっと好きかな」
『どうしてですか?』
「だって○○ちゃんとこうして居られるのもクリムトがきっかけだから」

 

 

いつも甘い彼だけど、一段と今日は砂糖菓子みたいにふわふわとあまくて。アイドルとただの美大生、あまりに違う身分なだけにもしかして、なんてそんな夢物語は描かないつもりだけど。

 

 

「髪乾かしてあげる、おいで」

「○○ちゃんの髪すっごいサラサラだね?触りたくなっちゃう」

「ふふ、ねえ、一緒の匂いするの照れるんだけど俺だけ?(笑)」

 

 

こんな風に言われたら、考えてしまう。もし、健人くんがわたしを好きでいてくれたら、もしわたしも健人くんが好きだったら、どんな日々を過ごしたんだろう。真っ直ぐな愛を一心に受けるって、どんな感覚?

 


慧さんのそばにいる限り、それは一生味わえないのなんてもう嫌になるくらい分かってる。

 

 

「また泣きそうな顔してる」

 

 

どうして人は自覚した瞬間に弱くなる生き物なんだろう。じわり、と滲みかける視界で健人くんの残像がぼやけた、刹那。

 

 

「........."慧さん"?」
『、......ッ』
「俺ならそんな顔させないけど、」

 

 

高めの体温、濃くなった同じシャンプーの香り、首元にかかる吐息。抱き締められ密着した身体に互いの鼓動が伝わって。
トクトク、と早いこの鼓動がわたしのか健人くんのか考えられない。

 

 

『あの、健人くん.........』
「俺のこと好きになって?」
『それ、って、』
「好きだよ、○○ちゃんのことがすき」

 

 

間髪入れずに伝えられた言葉、心を射抜いてしまうような真っ直ぐな視線。でもにわかには信じ難くて。だってそんな夢物語、

 

 

『うそ......、』
「グラッドアイの意味、まだ教えてなかったよね、.........君にときめいて、だよ」

 

 

これでもまだ信じられない?、そうゆっくりと頬に手が添えられる。何も答えられなくなってしまったわたしに、伏せられた瞼がゆっくりゆっくり近付いて。

 


短く吐かれた吐息が触れたその時、健人くんの胸にぐ、と力を込めた。

 

 

『、ごめんなさい、わたし健人くんに好きなんて言ってもらえる資格なんてないんです、』
「○○ちゃん、どういう意味......?」

 

 

狼狽えるように健人くんの黒い瞳がユラユラと揺れる。

 

 

『慧さんは彼氏じゃなくて、そんな綺麗な関係じゃなくて、あの部屋だって、......ッ』

 

 

纏った嘘がボロボロと言葉になる。わたしは健人くんが思うような女の子じゃない、そんな綺麗な人間じゃない。もっと狡くて汚くて浅ましい、そんな人間なのに。

 


それなのに、どうしてあなたは変わらない目でわたしを見るの。

 

 

「もういいよ、言わなくて」
『健人く、...んう、っ.........!』

 

 

初めて重なった唇は何処か切ないハーブの味。一度だけ離れたその隙間で、すき、と囁かれる。応えるように背中に腕を回せばバスローブのふわふわを掴んで。

 

 

『ん、......ふ、ッ』
「、っ、......ン、、」

 

 

貪るような口付けに夢中になる。ぶくぶくと海に沈むように、陽の光さえも届かない場所まで健人くんに溺れる。

 


この深海はきっとあたたかくて心地好くて、もう二度と地上には戻りたくないと思ってしまうんだろう。