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雪色のプリマヴェーラ chapter3

 

 

お隣さん健人くんとデート。

 

第3話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポコ、と鳴った携帯を反射的にとってしまうのはあの日からの癖。健人くんじゃない時はなんとなくがっかりしてしまう、なんて他の人には少し失礼な話。でも今のは、

 

 

『.........健人くんだ』

 

 

送られてきたのはボニータちゃんの画像。今日も可愛いお洋服に身を包まれた彼女は目がクリクリで。ほんと可愛いなあ、天使みたい。

 


続けて、ポコポコ、と二度鳴ったそれにすぐ既読の文字がつく。

 

 

『!えっ......かっこいい、』

 

 

" 髪染めたんだ、どう?^_^ 笑 " 、添えられた画像にはまるで雪のようなグレーに染まった健人くん。自撮りを送るのはさすがに恥ずかしかったのか、ボニータちゃんとの2ショット。

 


......この絵文字久々に見た、なんていうかちょっとだけおじさんぽい。普段あんなにキラキラして王子様みたいな人がこんな文面なんて、......うん、相当なギャップ萌えかも。

 

 

" 綺麗な髪色ですね、すごく似合ってます❄️ボニータちゃん今日も可愛いです! "
" ありがとう。笑 "

 

 

1日何通かやり取りするこの時間は、会っていなくてもお互いを知れるから楽しくて。
気付けば壁の向こう側だった知らないお隣さんは、わたしの日常の一部になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

そんなある日、健人くんと出逢って1ヶ月経ったくらいの頃。

 

 

" ○○ちゃん今日も1日お疲れ様^_^
この間素敵なバー見つけたんだけど、○○ちゃんと行きたいなって思って。
突然なんだけど、空いてる日あるかな?

最近会えてないし、もし良かったら一緒にどうかな^_^
絶対○○ちゃんに気に入ってもらえる自信があるから。笑 "

 

 

な、長い......久々にLINEでこんな長い文章きた。ってそんなことよりも、これってお誘い、だよね?健人くんと2人ってデート......は浮かれすぎか。ただわたしが好きそうなお店だからご好意で誘ってくれただけだろうし、.........既婚者といえどもわたしには慧さんがいるんだから。浮かれない浮かれない。

 

 

" ありがとうございます、ぜひ行きたいです!夜ならいつでも空いてます。 "
" じゃあ明日の夜はどうかな?ちょっと急すぎ? "
" わたしは大丈夫なんですけど、中島さんはお忙しくないですか? "
" 俺も大丈夫!じゃあ20時にここで待ってるね。エスコートできなくてごめんね。 "

 

 

エスコート、なんて。一般人のわたしでもアイドルが恋愛スクープ厳禁なことはわかる。それがたとえ根も葉もない嘘で、相手がただの隣人一般女性A子さんだとしても。

 

 

" お気持ちだけで十分です^_^ "
" あ、同じ顔文字。笑 明日楽しみにしてるね "
" わたしもです "
" じゃあおやすみ "

 


『......おやすみなさい』

 

 

ベッドに入っても目が冴えてしまって。何着ていこう、髪はどうしよう、2人で出掛けるくらい浮気にならないよね、慧さんはまず......既婚者だし、一昨日も奥さんがとか言ってまた早く帰ったな、.........、もう考えるのやめよ。

 


高揚と不安定な気持ちが入り乱れる。何度も寝返りを打つうちに、いつの間にか眠りの世界へと誘われていた。

 

 

 

 

 

 


カランコロン、ドアベルの音が耳に心地好く響く。店内には様々な絵画が飾られていて。一目で気に入ってしまう。予約の名前を言って案内された場所には、ひらひらと手を振る健人くん。外で見る姿は新鮮で、何だかどぎまぎする。

 

 

「久しぶり、○○ちゃん」
『お久しぶりです、』
「...もしかして緊張してる?」
『う、バレました?実はバーとかなかなか来なくて、お洒落すぎて緊張してます』

 

 

"かわいい"、とクスクス笑みを零す健人くんがさり気なくコートを脱がすのを手伝ってくれて、椅子まで引いてくれる。...エスコートなんてこれで十分すぎるくらい。

 


ビジューのついたコートを脱げば、肩だけちらっと見えているオフショルのワンピース。髪はわたしにしては珍しくゆるく纏めてみて。お化粧だって少し大人っぽくしたのは、隣に座っていて恥ずかしくない女性でいたかったから。

 

 

「......今日は一段と綺麗だね」
『え、っと、...ありがとう、ございます、』
「ねえそんな照れられたら俺も恥ずかしくなっちゃうじゃん(笑)」
『、だって健人くんがさらっといつも褒めてくれるから...』
「えー、だって○○ちゃんかわいいもん」
『〜〜!もう、なんか反応楽しんでませんか?』
「あ、バレた?(笑)ふふ、ごめんごめん」

 

 

思わず火照った頬を誤魔化すようにメニューを開く。えっ、全然知らないお酒の名前ばっかり......、サイドカー、ってカクテルの名前だよね?

 

 

「たくさんあって難しいよね、決まりそう?」
『全然知らないのばっかりで、......あ!このティンカーベルだけ知ってます』
「へえ、結構マイナーじゃない?」
『前に教えてもらって、』

 

 

そう、これは慧さんと初めてのデートで連れられたバーで頼んだお酒。甘いから飲みやすいと思うよ、って勧められたんだっけ。これにしようかな、そう思ったその時。
ねえ、と少しだけ距離が縮まる。

 

 

「それって他の男に教えてもらったの?」
『はい、一応...?』
「......じゃあだめ、今日は俺とのデートでしょ」
『、へ、......?!』
「嫌?」

 

 

上目遣いずるい、だとか、嫌なわけない、だとか。......デートで良かったんだ、とか。
もうキャパオーバー。

 

 

『いやじゃない、です』

 

 

上擦った声に満足そうに瞳が細められて。"俺のオススメ教えるね"、とあの甘く蕩けさせるような声色が鼓膜に響く。嗚呼もう、なんだかこれだけで酔ってしまいそう。

 

 

〈お待たせしました、オーロラとグラッドアイです〉
『わあ、綺麗...!』

 

 

三角のグラスの中で赤色がユラユラと揺れる。全てを虜にしてしまうような鮮やかなその色の味は、フルーティーで飲みやすくて。思わず感動して健人くんを見つめてしまう。

 

 

『美味しいです!すっごく飲みやすいし!』
「良かった、このカクテルの意味って偶然の出会いなの、俺たちにぴったりでしょ?」

 

 

こんな漫画みたいな台詞だって、さらっと似合っちゃうんだからすごい。

 

 

『健人くんのカクテルにも意味があるんですか?』
「んー、知りたい?」
『教えてください、』
「......まだ秘密、今度教えてあげるね」

 

 

す、と線の美しい人差し指がふっくらとした唇に充てられる。ゆっくりと微笑むその仕草は妖艶で。パッ、と視線を逸らせば誤魔化すようにグラスに口付けた。

 

 

 

 

 

 


2杯までだよ、とやんわり止められた身体は適度にふわふわとしていて。もっと色んなの飲んでみたかったけど2杯でやめて良かった。

 


時間差で別々のタクシーに乗って同じマンションへと帰れば、健人くんが廊下で携帯を弄ってて。......待っててくれたんだ。

 

 

『お待たせしてすみません...!』
「ううん、俺が○○ちゃんのこと待ってたかっただけだから、......あれ、ちょっと顔赤くない?酔っちゃったかな」
『えっ、と、だいじょうぶです』

 

 

歯切れが悪くなったのは桃色に染った頬にひんやりとした手が添えられたから。2人の距離がいつもより近い気がするのは、カクテルたちのおかげなんだろうか。

 

 

「次も楽しみにしてていい?」
『ふふ、こちらこそです』

 

 

悪戯っぽい視線にこくん、と頷く。
だってそんなの、わたしの台詞だから。

 


じゃあまた、と別れて部屋の鍵を取り出、......あれ、ちょっと、え、?

 

 

「?どうしたの?」
『鍵が、、、』

 

 

部屋に入らないわたしを不思議そうに見る健人くんの目の前にぶらん、と鍵をだす。キーケースにはエントランスを開ける鍵しかついてなくて、よく見ると輪っかは少し隙間が開いていた。

 


......鍵、無くしちゃった!うそ、どこで落としたの?なんて焦ってももうどうしようもない。仕方ない、今晩は誰かの家に泊めてもらうか、駅前のホテルにでも泊まろう。

 

 

『あの、わたしは大丈夫なので!』
「あ、彼氏さんいるもんね」
『、えっ......』

 

 

彼氏と慧さんが結びつくまでに時間がかかって。そっか、健人くんは慧さんが彼氏で、わたしと同棲してると思ってるんだ。こんな家賃の高いマンション、学生の一人暮らしな訳ないもんね。

 

 

『ん、と、彼はあまり家にいないんです、』
「そうなんだ、じゃあ今日も?」
『......多分今日は仕事だと思います』

 

 

うそ、今頃きっと彼は奥さんと温かな家の中で過ごしているはず。吐いた嘘はチクリ、と胸を刺す。嘘をつかなきゃいけない関係を受け入れているのは、自分なのに。

 


嘘を纏ったわたしに、健人くんに心配してもらう権利なんて、ない。

 

 

『ッ、友達に連絡して泊めてもらえないか聞いてみます、無理だったらホテルにでも泊まりますから、、ご迷惑お掛けしてすみません、』
「こんな夜遅くに1人で出歩く方が心配なんだけど、○○ちゃん女の子なんだから」

 


......きっと健人くんの特技は、わたしの鼓動を早めることで。だから、こんな風に毎回心臓を高鳴らせちゃいくつあっても足りない。

 


良かったらさ、と健人くんが自宅の扉をあける。ふわり、と漂うその香りはいつも健人くんからするものと同じ。

 

 

「俺の家おいで?あ、もちろん○○ちゃんが嫌じゃなければだけど」

 

 

拝啓神様、ちょっとそれはいくらなんでも急展開すぎやしませんか。