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雪色のプリマヴェーラ chapter2

 

 

お隣さん健人くんと夜。

第2話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしてデートの前ってこんなに時間に余裕がないんだろう、いつもより早く準備し始めるのに。人目を避け、隣町のイタリアンまで今日は慧さんとディナー。いつまで経っても芽生える罪悪感を、特別な日用のグロスで必死に塗り潰す。......よし、我ながら今日はいい感じ。

 


鏡台の前に置かれたハンカチがちらりと視界に入って。そっか、あれからもう一週間経つんだ。2回ほど訪ねても忙しいのか中島さんは不在で。早く返さなきゃなあ、と思いつつ今に至る。
今日はお泊まりだから明日にでももう1回行ってみようかな?

 


そんなことを考えながらお気に入りの鞄に荷物を詰めていれば、スマホが着信を知らせる。
あ、慧さんだ。

 

 

『もしもし慧さん?あ、もう下ついた?』
〈ごめん、今日奥さんいきなり体調悪くなっちゃってさ...〉

 

 

サー、と一気に身体の中が冷えていく。まるで頭から水をぶっかけられた気分。そうなんだ、全然大丈夫だよ、また今度だね、......早くそう言わなくちゃ。そう思うのにぴくりとも唇は動かなくて。

 

 

〈○○?おーい、聞いてる?〉
『、、またじゃん』
〈...どうした、○○らしくないけど〉
『慧さんの言うわたしらしいって何?』

 

 

どうしたもこうしたも、慧さんのせいでこうなってるのに。初めて強気に言い返した言葉への返事は、呆れ混じりの溜息。

 

 

〈はあ、とりあえず今度埋め合わせするから、じゃあまた連絡する〉
『ッ、慧さん、!』

 

 

ツー、ツー、と温度のない無機質な音が鳴り響く。ぎゅ、と掌の中でしわくちゃになったフレアスカートは寂しそうに揺らめいていた。

 


スケッチブックとペンを持ってベランダに出れば、冬の刺すような冷たい空気が独り身に染みて。.........何か描いて気を紛らわそうと思ったのに、勝手に紙に描かれるのは涙の跡ばかり。どうしてそんなに奥さんが大切ならわたしなんかに手を出したの?わたし、これからずっとこうやって1人で泣き続けるのかな。

 

 

『っ、も、慧さんの、ばか、...、!』
「また泣いてる」
『、?!』

 

 

唐突に聞こえた声にばっ、と顔を上げる。もちろんそこには誰も居なくて。聞き覚えのある声に左のベランダをそうっと覗けば、そこには蜂蜜色の彼がいた。

 

 

『中島さん、!ぁ、...すみません、お邪魔でしたよね』
「ううん、それより大丈夫、......じゃないか」
『あ、はは、、いつもは泣き虫じゃないんですけど、中島さんには泣いてるとこばっか見られちゃってますね』
「答えたくなかったら大丈夫なんだけど、○○ちゃんが泣いてる理由はその"慧さん"?」

 

 

中島さんの口から発せられた彼の名前にきゅ、と下唇を噛み締める。こくん、と頷けば、耳心地の好い穏やかな声でそっか、とだけ返されて。

 

 

『あ!あの、ハンカチお返ししたくて、ちょっと待っててください!』

 

 

本当はちゃんと面と向かって渡すべきだけど、態々そのために出て来てもらうのもなんだか気が引けるし。お詫び用に用意したチョコレートとハンカチを紙袋にいれれば、急いでベランダへと戻る。

 

 

『あの、本当にありがとうございました、それとこんな所からですみません......』
「なんか面白いね、ここでやり取りするの(笑)」
『ふふ、確かに』
「うわ、すごい綺麗にしてくれてる」

 

 

紙袋を覗いた中島さんの大きな瞳がきゅ、と垂れて。刹那、蜂蜜色の髪が風に吹かれさらさらと自由に靡く。それはまるで、夜空に蜂が舞ってるみたいで。
ーーーー描きたい、そう思った。

 

 

『ちょ、っとそのまま!そのままで!』
「え、○○ちゃん?」

 

 

小さい頃から絵を描き始めると何も聞こえなくなって、どっぷりと色彩の世界にのめり込んでしまう。

 


夢中で線を描き、色をのせる。紺青色の夜空に輝く星、そして空を飛ぶ鮮やかな蜂蜜色のハチ。中島さんがくれたイメージを忠実にスケッチブックに描くのは楽しくて。
あっという間に描き終えた頃に、ハッとした。

 

 

『あっ、いきなりごめんなさい、あの、中島さんが凄く綺麗で描きたくなっちゃって...!』
「うん、すっごい真剣な顔で描いてた(笑)」
『嘘、恥ずかしい......』
「なんで?可愛かったのに」

 

 

ケロッとまた褒めてくれる中島さんに頬が火照る感覚がして。あ、アイドルってすごい、、

 

 

「ね、それ見せて」
『ほんと殴り書き程度なんですけど、どうぞ、』

 

 

小さな紙が風で飛んでしまわないように慎重にそっと手渡す。その時、中島さんの指が手に触れて。せいぜい2秒程度しか触れていないはずなのに、いつまで経っても触れた部分は熱を持っていた。

 

 

「.........これ、俺のイメージで描いてくれたの?」

 

 

どうしよう、もしかして気に入らなかったかな?ラフ画も描いてないし手順もガン無視だし、、もっとちゃんと描けば良かったかも。不安に思いながら首を縦に振れば、最初出逢った時のように瞳がキラキラと輝いて。

 

 

「マジで綺麗!やばい!一目惚れした!」

 

 

王子様みたいな見た目とはギャップのある年相応な男の子らしい言葉遣いとその勢いに思わずくすり、と笑みが零れる。

 

 

『ふふ、わたしの絵なんてそんな喜ぶような絵じゃないですよ?』
「全っ然そんなことないから!俺いま○○ちゃんのファンになったし!」
『ええ、中島さんがファン1号なんて贅沢ですね(笑)』
「そう言って頂けて痛み入ります」

 

 

悪戯っぽい表情に吹き出せば中島さんもつられたように笑って。それから色んな話をした。

 


中島さんは25歳でわたしとは3歳差、ここはサブマンションとして借りてること、愛犬の名前はボニータちゃん、この間NYの美術館に行ったこと。中島さんと過ごす時間は穏やかで、でも過ぎるのが早くて。ふわふわした夢の中みたいな感覚。

 

 

『、っくしゅ!』
「あ、ごめん、冷えるよね、そろそろ中入ろっか」
『わたしこそ引き留めちゃって、中島さんも暖かくしてくださいね』
「あ、中島さんやだ」
『、へ?』

 

 

いきなり拗ねたように唇を尖らせれば、健人って呼んで、......ってそれはハードル高すぎじゃない?3つも年上だし、それに知り合ったばっかなのに...!

 

 

「嫌だ?」
『う、嫌ではないん、ですけど、、』
「じゃあ呼んで、ほら、けーんーと!」

 

 

あざとく手すりに頬杖を突きながらにっこりと笑みを浮かべる中島さんは、なんだか楽しそうで。揶揄われてる気がして、む、と拗ねた顔してみる。

 

 

「そんな可愛い顔してどうしたの?」
『か、可愛くないです!』
「でも俺は可愛いって思ったんだけど」

 

 

.........絶対アイドルだからじゃない、中島さんはこういう風にさらっと女の子が喜ぶ言葉をくれちゃう人なんだ。この人絶対モテるだろうなあ、って当たり前か。

 

 

『け、』
「け?」
『健人、...くん、』
「ほっぺた真っ赤、やっぱり可愛い(笑)」
『、、寒いからです!』

 

 

中島さん、......じゃなくて健人くんは無邪気で可愛いかと思えば、こんな風に大人な余裕もあって。こんなの女の子ならみんなドキドキしちゃうよ。

 

 

「○○ちゃん、これ」

 

 

そう手渡されたのはアルファベットの羅列が書かれたメモで。恐らくメッセージアプリのIDであろうそれを飛んでいかないようにしっかりと、でも、大切に握った。

 

 

『いいんですか?わたし一般人だし、知り合ったばっかなのに、』
「うん、○○ちゃんはそんな事する子じゃないし、それにもっと○○ちゃんと話したいから」

 

 

それじゃあ、と部屋の中に健人くんが戻る。

 

 

『わたしも、です』

 

 

...って言いそびれちゃったな。

 

ひとりベランダで呟けば、さっき描いた夜のカーテンのなかに散りばめられた星達が、チカチカと点滅していた。