はとものはなし
倦怠期で別れてしまった風磨くんと〇〇ちゃん。
トリガーを引いたのはどっちだったんだろう。
「もう終わりにする?俺ら」
とんとん、とリズムよく刻んでいた包丁の音が止まる。不揃いなジャガイモがひとつ、下へと落っこちて。
あれ、わたし何作ってたんだっけ?
......あ、そっか、風磨の好きな具材が大きめのカレーだった。
「...○○もさ、正直その方がいいって思ってんじゃない?」
長い睫毛を伏せた風磨とは目が合わなくて。
同意を求めるなんて、ズルいやり方。
も、ってことは風磨 "も" そうってことで。
わたし "は" 違うけれど。
これまで一瞬たりとも風磨への好きが欠けたことなんてないけれど。
今まで一度もうまく伝えれなかった癖に、風磨なら分かってくれてる、なんて。
どうしようもないほどわたしは傲慢な女だ。
『......そっか、風磨にそう見えてるならそうなんだね』
「...んだよそれ」
ほんとうに小さく呟いた声は掠れていて。
やっと視線が交わった風磨の瞳は、薄い赤に染まっていた。
『風磨、.........ごめんね』
「ばか、謝んなよ、俺がダセェじゃん(笑)」
何に謝ったんだろう。最後まで素直になれなくて、プライドばっかり高くて可愛くないこと?
それとも、風磨をズルいと罵った癖に、...本当はわたしの方が諦めなんてついてない癖に、まるで自分から引くようにみせるわたしの方がズルいこと?
「俺はさ、○○との2年間楽しかったよ、......だからありがとな」
風磨、それはさ、わたし "も" だよ。
ポンポン、と頭の上を優しく二度跳ねてからするりと毛先に向かって指が通る。
ずっと好きだった、風磨がわたしを撫でる時の癖。
『っ、風磨......』
「ん?」
『ぁ、...あのね、......その、っ......、』
「ふは、なんだよ、勿体ぶんなっつーの」
別れたくない、たった7文字。どうしてそれが言えないの、どうして喉の奥が震えるの。
『......2年間ありがとね』
嗚呼、わたしは本当に意気地無しの弱虫だ。
あれからもうそろそろ3ヶ月経つというのに、今日はマフラーが必然な寒さ。あの日の風磨がマフラーを巻いてたっていうのに。なんて、また小さなことから紐付いて彼が浮かぶ。
カーテンを少しだけ開けて覗いた窓の向こうは雨。雪が降るって言ってたのにな、深夜からなのかな。
面白いテレビも無いから適当にストーリーを流し見しながら暇を潰す。風磨のインスタはあの日から見てなくて。
はじめてのミュート機能を彼に使うなんて思ってもなかった。ミュートするくらいならブロック解除してしまえばいいものの、ただのSNSの繋がりにさえ縋ってしまうわたしは成長しないなあって嫌んなる。
風磨、あれからどうしてるのかな。髪色また変わったのかな、あそこのスプリングコレクションが出たからもう買ってたりして、ずっと楽しみにしてたライブどうだったのかな。
『......ちょっとくらいなら大丈夫かな』
ミュート済みのアカウントに "@fm_" から始まるアカウント。投稿は相変わらず少なくて。
髪、黒のままなんだ。......あ、やっぱり買ってる、でも似たの持ってるじゃん。健人くんたちと男子ディズニーも行ったんだ、...ふふ、オズワルドのカチューシャ似合うなあ。
『.........って、わたしストーカーじゃん』
...いやいや、でも一応フォローしてるし、風磨もまだフォローしてくれてるし。覗き見って訳じゃないんだからストーカーではないでしょ。
そう誰かに言い訳しながら、夕方にフィーリングで買った缶チューハイを冷蔵庫から出す。完全にパケ買いだけど、案外こういうのが当たりだったりするんだよね。
プルタブに指を引っ掛けながら、虹色の輪っかに囲まれたアイコンをなんとなく押す。
『.........っ、え...?』
ぐらり、と傾いた缶からシュワシュワの半透明が零れる。どくん、どくん、と指先まで鼓動が五月蝿く響いて。
" いつもピーピーうるさいおチビな××ちゃん お誕生日おめでと、これからも宜しく "
そんな言葉と共に映るのは、ホールのチョコケーキと幸せそうに微笑む女の子、照れ臭そうに口許を隠して笑う、.........風磨。
こんなのどう見たって彼女な訳で、風磨はもう誰かの彼氏な訳で。
勝手にあの日から同じものを背負っていると思ってた。風磨も、同じように悔いて悩んで、たらればばかり考えてるって。
......背負ってたのは、わたしひとりだった。
『っ、ふ、...これも、要らない、これもこれも、......っ、いらな、...』
大きなビニール袋がいっぱいになる。
" はい○○、誕生日おめでと "
" え、ありがとう...! "
" ふは、なに驚いてんの?好きなやつの誕生日祝わない訳ねーじゃん "
" これ......、欲しかったやつ、! "
" ん、やっぱ似合うな "
光に当たった時、きらきらと反射するのが嬉しくて。何度も太陽に翳したブレスレット。
" あ、これ可愛い "
" ペアじゃん、買う? "
" え、ちが、......そういうつもりじゃ、 "
" なんで?いいじゃん、○○ん家に置こーよ "
" !...ん、買う "
よくココアを飲んだ色違いのマグカップ。
" お前今日からこれ着ろ "
" え、なに......、パジャマ? "
" それめっちゃ暖かいらしいよ "
" ...わたしが冷え性だから? "
" ......るせ、着るの、着ないの "
" ッ着る! "
照れの裏返しでぶっきらぼうに渡された、女の子らしいパジャマ。わたしがピンク似合うかな?って言ったら、貴方は似合うの知らないの?って笑ったっけ。
パンパンになったビニール袋を乱雑に結んで、コートも着ずに外へ飛び出す。
深夜の2°の世界なんて誰も居なくて。閑静な道にゴミ箱を開ける音がガシャン!と大袈裟に響いた。
『......ッ、こんなの、もう要らない、!』
乱暴に投げ込んだ、筈なのに。
手はピタリとも動かない。
『、なんで、......ッ、なんで、風磨ぁ、...』
なんで、なんて分かり切ってるじゃない。
最後まで素直になれなかった、わたしの所為。
トリガーを引いたのは、わたしだ。
ぺたん、とアスファルトに座り込む。冷たさなんてどうでもよくて。濡れないように大切に、欠片を詰めた袋を抱え、涙を雨に隠れさせようと上を向いた刹那。
『.........雪、』
ハラハラと落ちるそれは今まで見たどんな雪より儚くて。隠しきれなかった涙は、ただただわたしに雨を振らせた。
すっかり濡れてしまった髪にタオルを当てる。ふと、開けっ放しの缶が目に入って。
『......はは、不味』
炭酸の抜けたそれは単調でつまらない、わたしみたいな味がした。
ドボドボと音を立てながら排水溝に流れるそれをBGMに暗闇でスクリーンが光る。
ブロックしますか?の要らない念押しに迷うこと無く "ブロック" を押す。
風磨は気付いてくれるだろうか、...なんて思う?少しは気にかけてくれる?それとも何も思わない?
なんて、もうほんと、キリがないなぁ。
end