ultimatelove_sのブログ

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脆く儚いちいさな世界

 

 

健人くんと倦怠期。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


『ただいま』
「ん、」

 

 


おかえり、がこの広すぎる部屋から消えたのはいつだったんだろう。

 


3か月前、半年前、...いや1年前くらいの可能性もある。

 


わたし達が暮らすこの部屋からいつの間にか消えてしまったものは他にもたくさんある。

 

 


『ん、おはよ......』
「はは、めっちゃ眠そう(笑)寝てていいんだよ?」
『...や、朝ご飯一緒に食べるって約束したもん』

 

 

「あ、」
『......今日早かったんだ、知らなかった』
「あー...言ってなかったっけ?ッやべ、もう行くわ」

 

 


一緒に食べる朝ご飯と日々の些細な会話。

 

 


「あ!まーた菊池観てる」
『だって風磨くんリアコなんだもん!』
「...ふうん、○○は菊池の方が好きなんだ?」
『ゔ、、健人が好きに決まってる、じゃん』

 

 

『この間の特番観たよ』
「そうなんだ?ありがと」
『、風磨くん黒にしたんだね、かっこいい』
「おー、伝えとくわ」

 

 


困っちゃうくらいの嫉妬と愛情表現。

 

 


「○○、」
『んぅ、!...ぁ、健人昨日も、!』
「愛してるって毎日伝わるからいーでしょ?」
『も、ずる......ひゃ、ン』

 

 

「...ね、」
『ぁ、、ごめん、明日早くて......』
「、そっか、ごめんね」
『ううん、こっちこそ、...おやすみなさい』

 

 


いつまで経っても羞恥心と幸福感で溢れ返っていたふたりだけの夜。

 

 

 

 

 

 


数え出して4つ目で止める。これ以上自分の首を締めてもただ悲しくなるだけだから。

 


ぐしゃり、と手元を丸めれば、端っこをビリビリに破いて千切ったモノクロの紙は読めなくなる。ぽい、と宙を描いたそれはギリギリでゴミ箱の淵に当たって床へと落ちた。

 

 

「ただいま」
『...おかえり』
「あ、うん」

 

 

ぽつりと久々に呟いた4文字に少し驚いたように瞳が開かれる。床に落ちたそれを拾った健人が捨てようとして、ぴたり、と動きが止まった。開かれたそれは所々インクが滲んでおりあまり読めたものでは無かったけれど、その内容を知っているであろう彼は勢い良く此方を振り返った。

 

 

「読んだの?」
『うん、』
「......そっか」

 

 

再びぐしゃぐしゃに丸められ今度はきちんとゴミ箱の中に収まったそれは、健人と若手女優の熱愛を知らせる記事だった。写真も何も無い、ただ名前の記載もない関係者AやらBやらの証言が羅列した内容の信憑性は、誰が読んでも明らかだろう。

 


それでも、大丈夫だよ、こんなの嘘だから、俺が好きなのは○○しかいないよ、...そんな言葉を望んでしまっていたわたしは我儘過ぎるのだろうか。

 


それとも、そんな言葉さえも貰わなければ危うい場所でグラグラと揺れているのだろうか。

 

 

『うそ、でいいんだよね?』
「...何言ってんの、当たり前じゃん」
『当たり前なのかな、』
「○○、マジで何言ってんの?」

 

 

久しぶりに聞いた彼の唇から発せられる名前は、溜息混じりで。呆れ、倦怠、惰気が含まれた声色と視線はわたしの張り詰めていた糸をぴん、と弾いた。

 

 

『......ねえ、そこのさ、スノードームあるでしょ?健人、昔なんて言ったか覚えてる?』

 

 

わたしは昔からスノードームが好きだった。雪が舞う有限の時間の中で美しく在るそれが、儚くて何処か物寂しみ気に見えて、そんな所も良かった。そして今この部屋に飾られているそれは、健人がある日プレゼントしてくれたものだった。

 

 

 

 

 

 

『わあ、綺麗、、やっぱりスノードームっていいなあ』
「俺も好きなんだよね」
『なんで好きなの?』

 

 

キラキラと、まるで子供みたいに雪が落ちる瞬間を見詰める健人を瞳に捉えながら問い掛ける。やっぱりこの綺麗で儚い感じかな、そんな考えはすぐに打ち破られた。

 

 

「えーだってさ、サンタさんとかトナカイとか、ツリーだってあるしさ、賑やかで幸せそうじゃん!幸せな世界がぎゅって凝縮して小さな世界になってる感じが好きなんだよね」

『、!賑やかで幸せそう...、ふふ、健人の価値観って素敵だね』

「え、俺そんないい事言った?(笑)」

 

 

照れたように俯いてくしゃ、と目の横に皺を作った健人がこれからもさ、と呟く。

 

 

「こんな風にお互いの価値観とか小さな幸せとか共有しながら○○と一緒に居たいな」

 

 

そんな風に唇を寄せ合った小さな世界のようなあの夜は、いつだっけ。

 

 

 

 

 

 


視線がわたしからスノードームへと移る。雪の舞っていないそれを一瞥した健人は少し考えるように俯いた。

 

 

「...ごめん、なんだっけ」

 

 

.........5つ目。

 

 

『もう終わりにしよ、健人』
「......ん、分かった」

 

 

 

 

 

 

 


海外用のキャリーケースに4年の軌跡を詰める。ガラガラ、と玄関へ運べば自室から出てきた健人の目の縁はほんのり赤いような気がした。
きっと、都合の良い思い違いだけれど。

 

 

『、えっと、じゃあ行くね』
「○○」
『ん?』
「寂しい思いばっかさせてごめん、......"幸せにするから"って言ったのに」

 

 

"絶対幸せにするから、俺と付き合ってください"、あの日の言葉、視線、温度、匂い、胸の鼓動、はいと返事をした時のとびっきりに幸せそうな笑顔。

 


どうしてよりによってその言葉を覚えてるの、どうして今更になって言うの、どうして謝るくらいならもっとわたしを見てくれなかったの、?

 

 


『やっぱり今のわたしには、寂しそうに見えるみたい』

 

 


ハッ、と開いた瞳を最後に厚い扉が2人の間を閉ざした。

 


外は11月なのに雪が降るんじゃないかと思うくらい寒くて。隣で触れ合わない肩も、コートのポケットに突っ込まれない左手も、1つだけの白い息もわたしに痛いくらい寒さを実感させる。

 

 


一度だけ、ゆっくりと恐る恐る振り向いた道路には誰もいなかった。