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恋 #6

 

 

けんしょり連載#6。微裏。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


なんとか責任感を糧に無心で仕事を終え、控え室の掃除をしていれば、ダムが崩壊したようにぼろぼろと水滴が頬を伝う。誰かに見られる前に移動しなきゃ、控え室で泣いてるなんて健人くんとなにかありました、と言ってるようなものだから。振られたばかりだというのに無意識に健人くんを気遣いバカ正直に空き部屋に逃げるわたしは、どうしようもなくまだ健人くんがすきですきですきで。
失った恋に膝から崩れ落ちた。

 


健人くんと出逢う前の日々に戻るだけなのに何を拠り所に生きていたのかも思い出せない。ただ頭の中を占めるのは、健人くんの砂糖菓子みたいな笑顔や巫山戯た時に天を仰ぎ口を抑えながら笑う仕草、身体を這う熱い手の感覚、「○○ちゃん、かわいい」とシーツに溺れながら囁く時の扇情的な熱っぽい視線、...どれもこれも健人くんと過ごした時間ばっかりだ。

 


わたしは一体なにを間違えたんだろう。ただ、恋をした、それだけだったのに。
あの日かけられた魔法はとけ、馬車はカボチャに、ドレスはぼろぼろの洋服に戻る。

 


幼い頃に散々読んだお伽噺の中で、魔法使いは二度、現れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「...○○?居る?」
『、ぁ、しょうりくん、』
「ごめん、入るね」
『、!まって、っ』

 

 

制止は既に遅くて。開いた扉に焦って手の甲で濡れた頬を拭う。折角拭っても充血した瞳からまた勝手に溢れた涙は床に丸模様を描いた。"ごめ、なんでもないから、...!"、どうしようもない状態に顔を見せないように俯けば、背中に力強く回った腕に抱き締められたと気付く。

 

 

「...見えないから、今は泣きなよ」
『、ふ、ッ...』

 

 

大丈夫だよ、と言うように背中を一定のリズムでぽん、ぽん、とあやされる。嗅ぎ慣れた香水が漂うシャツに涙が吸い込まれ消えてゆく。それはまるで、勝利くんがわたしの悲しみをまるごと受け止めてくれてるかのようで。年甲斐もなくわんわんと声を上げ、身体中の水分が無くなってしまうんじゃないかと思うくらいに泣いた。やっと涙が枯れた頃にはシャツは絞れそうなくらいくたくたになっていた。

 

 

「、今言うのすごいズルいって分かってる、自分でも卑怯だって思う、...でも○○を傍で支えたい気持ちに嘘はないから、......俺と付き合って、?」
『っ、...でもわたし、まだ、』
「中島さんが好き?」

 

 

苦しそうに細められた瞳に嘘もつけず、こくん、と一度首を縦に振る。健人くんがまだ好き、それに散々勝利くんに酷いことをしたわたしが勝利くんに愛される資格なんてない。ないのに、分かってるのに、弱いわたしはまた目の前の大きな愛に縋ってしまいそうになるんだ。

 

 

「○○の気持ち全部受け止めるから、...中島さんが好きなままでいいよ、俺は○○が好きだから、」

 

 

どんな言葉で伝えればいいのか分からなくて、この気持ちが伝わるようにおずおずと背中に腕を回す。少しわたしより背の高い勝利くんを腕の中から見上げれば、優しい口付けが腫れた瞼、冷えた頬、それから唇に落とされた。大丈夫、勝利くんに惹かれ始めていた心は確かに居たし、こんな素敵な人だもん。きっと勝利くんを好きになる。だから、大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あれから2ヶ月経ち、季節は変わった。衣替えしたばかりの洋服に身を包ながら都会の喧騒をぬって歩く。勝利くんとわたしは恋人として上手くいっている、はずだ。言葉通りわたしを受け止め支え尽くしてくれた勝利くんに急速に心は慰めら傷口は塞がった。きゅひ、と可愛らしく笑う勝利くんに愛おしいという感情も抱いているし、キスだってそれ以上だってしたいと思う。わたしたちの間には穏やかで暖かな恋が生まれていた。健人くんのような激しく、地獄と天国がいっぺんに襲ってきたような心が千切れそうになる恋ではないけれど、これも間違いなく恋だった。

 


あと少しで、きっと健人くんは心から居なくなる。それなのにどうしてだろう、運命の悪戯か神様の気紛れか。人混みの中で強く掴まれた手は進行方向とは逆にわたしを引っ張る。強引に路地裏に連れ込まれたのに恐怖を一切感じないのは、黒マスクにベレー帽を被った彼が誰だか分かっているから。

 

 

『健人、くん、?』
「...久しぶり、○○ちゃん、相変わらずかわいいね」
『ん、...そんな事ないよ、』

 

 

甘い香りと声に戸惑わないように掌に爪を立て脳裏に勝利くんの笑顔を思い浮かべた。五月蝿いほど高鳴る鼓動は突然の再会に動揺している、ただそれだけ、と自分に言い聞かす。わたしはこんなに必死に不安定に揺れる気持ちと戦ってるのに、どうして健人くんは今更そんな切なそうな顔をするの?隠すこともなく堂々と、まるで後悔してるみたいに顔を歪める健人くんが頬に触れる。懐かしくなってしまった高い体温が冷えた肌に熱を与えた。

 

 

「あの日、○○ちゃんに言いかけてたことがあったの覚えてる?」
『っ、えっと、ごめん、分かんないや』
「嘘が下手なのも変わってないね」

 

 

親指で目の横を優しく擦られながら放たれたその言葉に瞳孔がぐらり、と揺れる。本当は覚えていた。あの日、健人くんがわたしに何を伝えたかったのかずっと気になっていた。考えても考えても皆目見当もつかなかったそれは、なんとなく今聞いちゃいけない気がして忘れたフリをしたんだ。

 


真剣な健人くんの瞳は、あの日少しだけ垣間見えた本当の健人くんで。頬から離れた手は優しく肩を抱いた。

 

 

「○○ちゃん、今でも好きだよ」
『、え......』
「今更だし勝手だけど、...○○ちゃんが今俺を好きじゃなくても、あれからずっと○○ちゃんがすきで忘れられなかった」

 

 

どうして今なの、どうしてあの時上手く歯車が回らなかったの。それにあの時、健人くんはわたしに飽きたって言ったじゃない。ぐるぐるとどうにもならない感情が駆け巡る。なんでわたしの恋はこんなにも上手くいかないんだろう。

 


噛み締めた下唇からじんわりと血が滲む。わたしが出した答えは、健人くんの胸を弱々しい力で押し返した。三度も、愛しくて大切なあの人を裏切ることなんて、できる訳ない。

 

 

『もう、遅いよ、』
「ッ、俺は今からでも遅くないって思ってる」
『、ごめんなさい』

 

 

ぎゅ、と掴まれた手から正論を盾に逃れる。今度拒絶したのは、ずっと健人くんに執着していたわたしの方だった。くるり、と背を向け足早にヒールを鳴らしながら立ち去れば寂しく廃れた路地裏に健人くんの必死な声が響く。

 

 

「○○ちゃん!明日、最初に2人で会った場所で待ってる、!来るまで待ってるから、っ」

 

 

踏み出した先には、あの日ガラス張りのエレベーターから見えた東京タワーが今夜は名残惜しそうにぼんやりと霞がかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「○○?ねえ聞いてる?」

 

 

勝利くんの顔がずい、と詰め寄り現実に引き戻される。いつの間にぼーっとしていたんだろう。近さに吃驚してぽかんと開いた唇に勝利くんがちゅ、とリップ音を鳴らし悪戯に目に皺を寄せた。

 

 

「なに?何かあったの?」
『...あの、ね、実は』

 

 

言いかけてはたと気付く。今正直に話すことがはたして2人のためになるんだろうか。勝利くんを不安にさせて傷付けるだけじゃないの?もう健人くんと向き合わないと決めたのなら今言う必要は無いのに、まるでこんなの迷ってるみたいだ。その時、不意に勝利くんの指がツン、と額を突いた。

 

 

「もう、忘れたの?○○の気持ち全部受け止めるって俺言ったじゃん」
『勝利くん......、あのね、今日偶然中島さん、に会って』

 

 

出来事を話し終え、最後に"でも行かないから、"と付け足せば黙って話を聞いていた勝利くんが深くゆっくりと息を吐く。

 

 

「...正直怖いけどさ、○○に後悔してほしくないから行ってきなよ」
『、!行かない、そんなの、』

 

 

そんなの許される訳ない。何度も勝利くんの目の前から去って傷付けたのに、今更健人くんか勝利くんかなんて選べない。選ぶ権利すらない。こんなわたしの傍に居てくれる勝利くんを手放していい訳ないんだ。それなのに、諭すように、だけど本心では行かせたくないようにかき抱いた勝利くんの腕はいつかのように小さく震えていた。

 

 

「ずっと黙っててごめん、あの日○○の居場所探してる時に中島さんと話した。...飽きたなんて嘘だったんだよ」
『うそって、』

 

 

思いもよらない言葉に思考がピタリと停止する。あの日が指すのは、きっと健人くんに最後に愛された日。...わたしが、捨てられた日。罪悪感に苦しむように眉を顰めながら勝利くんが語ることは、2ヶ月間一切知らないことばかりだった。

 

 

「本当は○○のこと好きだったのに、俺と一緒にいる○○は幸せそうであんな笑顔自分じゃさせられないからって、......中島さんは○○の為にあの日身を引いたんだよ」

 

 

"ほんとにごめん、俺○○が思うよりずっと狡くて優しくなんかなくて、最低だねほんと"、そんな風に後悔する勝利くんは綺麗で優しい人間だ。だってそんなの、本当に狡い人なら最後まで黙ってるに決まってる。自分の感情よりわたしが後悔しないようにと優先する勝利くんは、やっぱり優しすぎるんだ。

 

 

『勝利くんは最低なんかじゃないよ、こんなに優しい人きっと他にいないもん、...教えてくれてありがとう、』
「うん、......○○すきだよ、抱いてもいい?」

 

 

返事の代わりに自ら唇を重ねれば感情を分け合うように互いの唾液が口に溢れる。そこからとろとろと蕩けるように2人の身体が1つになった。下からの揺さぶりで定まらない視界の中、勝利くんの瞳が1秒たりとも逸らされないのに気付いてお腹の下の方がさらに火照るのと同時にぎゅん、と胸を鷲掴みされたように切なく締め付けられる。初めて抱くみたいに優しく丁寧に、だけどぐずぐずにさせられる中で、勝利くんのふわふわの黒がもう見慣れた寝室で揺れていた。

 

 

 

 


その夜、夢を見た。わたしの隣に歩いてきた彼が手をとりそのまま指を絡められるだけの夢だった。けれど夢の中で確かにわたしは擽ったさと幸福を感じていて。朝独特の雰囲気が漂う寝室で眩しい真っ白な光に手を翳しながら、わたしはやっぱり彼の隣にいたい、と思った。
わたしが選ぶのは、