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VANILLABEANS

 

 

カフェ店員健人くんとOL○○ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


PM 13:10

 

芳醇な茶葉の香りと甘い匂いが立ち込める白を基調とした店内に足を踏み入れれば、ちりん、とドアに付いたベルが鳴る。特等席であるカウンターの1番端っこに腰を下ろせば惚れ惚れする程綺麗な手が丁寧にコースターを置いた。

 

 

「いらっしゃいませ、いつものですか?」
『うん、あとフレンチトーストで』
「○○さんいつも同じで飽きません?」
『まさか、健人くんが淹れるグランボアシェリのミルクティーが1週間の癒しなんだから』

 

 

痛み入ります、なんて古風な言い回しをする彼は現在大学4年生。半年前からこのカフェで働いている、と言っても就活中だから水曜日と日曜日だけ。

 


健人くんと出会ったのはいつものようにランチに訪れた時で。オフィスから徒歩3分という好立地かつ紅茶好きのわたしはもう2年くらい通っている。初めて健人くんを見た時、綺麗
ただそう素直に感じた。

 


正直に言ってしまえば少し、......いや、かなりタイプだけど彼は学生でわたしはもうすぐ26歳のOL。恋愛に発展する筈もない。それなのに、時たま思わず勘違いしてしまいそうになる。その原因は健人くんにあるんだけれど。

 

 

「そういえば今日は少し来られるの遅かったですね、お仕事忙しいですか?」
『今はそんなにだよ、今日はたまたま時計見るの忘れちゃってた(笑)』
「えー、忘れないでくださいよ、俺ずっと待ってたんですからね?」

 

 

ほらまた、ただのリップサービスなのに。今日は、ってことはいつも何時にわたしが来るか覚えてくれてるってこと?、なんて浮ついた気持ちを紅茶と共に流し込む。甘いバニラの香りが鼻から抜けふ、と気持ちが軽くなる。

 


健人くんは本当に紅茶を淹れるのが上手。きっと彼の繊細な性格がコツなのだろう、誰にも真似できないこの紅茶がわたしは大好きだ。うん、好きなのはきっと紅茶だけ。

 

 

「そういえば○○さんって毎週日曜日何かされてるんですか?習い事とか、」
『ん?してないよ、友達と遊んだりする日もあるけど、基本家で暇してるかな』
「じゃあ良かったら今週の日曜お店に来ませんか?新しいフレーバー出すんですけど」

 

 

思わぬ魅力的な誘いに反射的にYESの返事をしかけて、止まる。日曜日は大抵世の中のどこのお店も混むものだけど、ここは更に混んでて。

 


その理由は健人くん目当ての女の子達。平日である水曜日は昼間だしそこまで人もいないけど、休日はやっぱり特別で。1度足を運んだ時は胸が薔薇の棘が刺さったようにチクチクして入り口で引き返したっけ。

 

 

『うーん、折角だけど遠慮しとこうかな』
「......理由聞いてもいいですか?」

 

 

きゅるん、と潤んだ瞳とふわふわな雰囲気も相まって健人くんがトイプードルに見えてくる。しゅん、と垂れ下がった耳まで見えてくる気が.........ゔ、負けそう。

 

 

『、ほら!混んでるしここの席も埋まっちゃうから、』
「あ、じゃあここの席予約しません?」

 

 

この席じゃないと絶対に嫌だって訳でもないけど、とってつけたような言い訳にすればまさかそんな手段があったなんて。あれ?予約なんてできたんだ、平日ばっか来てるから知らなかった。じい、っとカウンターに頬杖をついて見詰めてくる健人くんの視線から逃げられない。

 

 

「俺、○○さんとこうやって会って話すの週1じゃ足りないです」

 

 

そんなこと言われて、断れる訳、ない。考える前に2度目のYESがすんなりと言葉になる。

 


"いつもの時間にお待ちしてます"、まるでバニラティーみたいに甘ったるく微笑んだ健人くんに残りの1口を飲み干せば、それはさっきよりもうんと甘いような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


どうしよう、やっぱり変じゃない?

 

ショーウィンドウに写った姿はいつものオフィスカジュアルではなく、なんか、まるでデートに行くみたいな.........どっかで服買おうかな。開いたスマホは12:50と表示していて、そんな時間はないことに溜息をつく。

 


歩く度に揺れる巻かれた毛先とワンピースの裾が擽ったい。いつもより3cm高いヒールを鳴らしながらついたそこは、原宿の流行りのパンケーキ屋さんかと思うくらい混みあっていた。

 

 

「あ、○○さん!お待ちしてました」
『け、健人くん......お店満員だね、』

 

 

みんなのお目当ての彼がカウンターから出て入り口まで迎えに来たばかりか、Reservedの札が置かれた席に案内するものだからあちこちから視線が突き刺さる。ひそひそ声まで聞こえてきそう。人に見られることになれてそうな健人くんは、そんなこと気にしてないみたいだけど。

 

 

「今日は俺のオススメでもいいですか?」
『あ!新しいフレーバーだよね、それでお願い、あとは......あ、カヌレも増えてる』
「そうなんですよ、今朝マスターに頂いたんですけどめっちゃ美味くて!」
『ふふ、じゃあそれもください』

 

 

もちろんグランボアシェリもいつものフレンチトーストやサンドウィッチ、チーズケーキだって大好きだけど、新しいものと休日の魔法なのかなんだか余計に心が踊る。

 


健人くんとたわいも無い話を続けていれば、隣の女子大生くらいの女の子たちが砂糖菓子のようにあまい声で"健人く〜ん"と呼び掛けた。

 

 

"ずっと隣の人ばっかりズルいよ〜"
「あはは、常連さんなんで」
"健人くんってもしかして年上好きなの?"

 

 

くすくす、と嘲笑混じりのそれは悪意だろう。でもそれよりも問の答えを聞きたくない。耳を塞ぎたくなってしまう理由の気持ちはもう無視できない程に大きく膨らんでいて。......答えを聞くまでもなく、どっちにしろきっと叶わない。そう分かってたのに、

 

 

「......年上好き、ではないですね」

 

 

ほら、やっぱり勘違い、ほんの少しの期待さえもするんじゃなかった。初めて飲む紅茶はいつもより甘さ控えめのバニラティーで、甘さの中に冷たさがある。まんまるの満月食べたらこんな感じなのかな、なんて。

 


オーダーでカウンターを出た健人くんを横目で追うこともできず、ほろ苦いカヌレを口にすればまるでわたしの恋心みたい。きゅ、と奥歯を噛み締めれば、隣からすっかり甘さが抜け寧ろ苦味が加わった声で話しかけられる。

 

 

"健人くんのこと好きなんですか?"
『......あなた達に関係ありますか、』
"おばさんの癖に随分自信があるみたいですね、常連気取りなんてしちゃって"
"ほんとほんと、若作りもいいとこだよねえ(笑)"

 

 

若さを武器にした言葉は年齢差を気にするわたしの胸をズタズタに切り裂く。もう、諦めよう。最初から無理だったんだし、無かったことにすればいい。残ったカヌレと紅茶を一気に飲み干せばお釣りがでるくらいの代金を置いて店を飛び出した。

 

 

『はあ、はあ、』

 

 

おろしたてのヒールでどのくらい走ったのか、疲れてトボトボと歩く自分が惨めで仕方ない。でも、泣きたくない、だって泣いてしまったら悲しい恋で終わってしまうから。ぐ、と掌に爪を立てた刹那、"○○さん!"と息を切らしながら後ろへ腕を引かれた。

 

 

『、なん、で』
「それはこっちの台詞、!何でいきなり帰っちゃうの?もしかして何か嫌なこと言われた?」
『た、ため口、』
「あ、すみません、つい焦っちゃって、」

 

 

言葉通りいつもふわふわな髪は風で乱れ、真っ白な頬には汗の粒が光る。

 

 

「もし俺のせいで嫌な思いさせたならすみません」
『、!健人くんのせいじゃないから、それにいいの、おばさんなのは本当だしね、はは』

 

 

今のメンタルじゃ自嘲するのもちょっとキツいな。無理矢理吊り上げた頬にいつも紅茶を淹れる手がぴたり、と触れた。

 

 

「○○さんはおばさんなんかじゃない、素敵な女性です.........それに俺が良くないんで」
『...健人くんは優しいね、でも勘違いされちゃうよ?』

 

 


「勘違いじゃなかったら?」

 

 


真剣な眼差しに時が止まる。もう揶揄わないでよ、そういうところだよ?、って早く言わなきゃ。震える唇を動かした、その時。

 

 


「○○さん、俺あなたのことが好きです、年下は恋愛対象に入りませんか?」

『......え、?』

「俺は歳なんて関係ないと思います、年上の女性じゃなくてありのままの○○さんが好きです」

 

 


歳なんて関係ない、その言葉が傷口を塞ぐ。そうだ、わたしも年下だからじゃない、健人くんだから好きなんだ。

 

 

『わたしも、健人くんが好き、』
「えっ!」
『えっ?え、もしかして...冗談、とか?』
「そんな訳ない!いや、あの、嬉しすぎて信じらんないっていうか、」

 

 

耳朶の赤さを発見すればこちらにまでその熱は伝染する。恥ずかしいけど甘く心地好くてうっとり高揚して。くい、と腕を引き寄せられ腕の中へ収められれば初めて香る健人くんの匂い。茶葉、ケーキ、そしてバニラの香り。

 

 

「もう敬語じゃなくてもいいよね?だって恋人になるんだし」
『ッ、!そ、れはも、もちろん』
「...○○さん、好きだよ」

 

 

敬語は取れてもさん付けのままなのが礼儀正しい健人くんらしい。もちろんそんな所も当たり前に好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

マスターに頼んで抜け出してきた健人くんはすぐ戻らなきゃいけなくて。名残惜しそうにする健人くんがそうだ、と取り出したのはあの可愛らしいReservedの札。

 

 

「これ持っててよ、日曜日来れる週の水曜に渡して?」
『え、でもこれお店のじゃ......』
「ううん、それ○○さん専用だから、うち予約制じゃないもん」
『ええ?そうなの?』
「マスターも快諾してたし、...それに、○○さんは特別だから」

 

 

じゃあね、と踵を返した健人くんが振り返らずに背中で手を振る。見えないのに振り返してしまうのは浮かれた恋の所為だから。

 


わたし専用の札をそっと大切に鞄に仕舞えば、バニラの濃密な香りが風と共に訪れワンピースを揺らした。