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薬指で星は触れない



健人くんとやさしい夜。





















カーテンの隙間から洩れ差し込む柔らかな光の筋と可愛らしい鳥の囀りに朝の訪れを感じる。隣で眠る愛おしい人はさっきから何度声を掛けても夢から醒めることはなく、すやすやと眠るその姿は子犬のよう。バレないようにくつくつと笑いを抑え、そのふっくらとした唇に自分のそれを寄せた瞬間。ジリリリリ!と、先程までの携帯のアラームとは桁違いにけたたましい目覚ましの音にびくん、と身体が跳ねた。




『っ、びっくりしたぁ...健人くん、健人くん起きて』
「んん、○○、なんじ、...ッ、」
『もう9時15分だよ?火曜日はいつも9時半に出なきゃなのに』
「えっ、9時、?!やべ、」






時計を確認して寝癖を揺らしながらバタバタと布団から飛び出した健人くんに仕方ないんだから、と思いながらちょこちょこと後ろを着いて回る。わたしが休日の日はこうして準備する健人くんの後ろ姿に話し掛けるのが日課で。"もう、どんだけ俺の事好きなの?○○ひよこみたい"、なんてこの間笑われたけど少しでも一緒に居たいんだもん。



急いで歯を磨いた健人くんの口端には歯磨き粉が少しだけ残っていて、それさえも可愛く見えちゃうんだからほんと狡い。




『ねえ、端っこ、』
「あ、」
「ふふ、子供みたい」




前髪をヘアアイロンで整えるために鏡にずい、と近付けば漸く気付いて口元を濯ぐ。あ、そういえば今日は朝ご飯作れてないや。持って行けるパンとか残ってなかったっけ?キッチンをキョロキョロしていればあらかたの準備を終わった健人くんも此方に戻ってくる。





「ねえ○○ー、朝ご飯、あ、」
『ごめんね?そこにパンあるから車で食べてね』
「これにしよ」




3日前に買ったばかりなのにもう今日に賞味期限が迫ったメロンパンを鞄に無造作に突っ込めば鏡で全身のチェック。うーん、やっぱり脚が長すぎる。今日もかっこいい。






「よし、」
『健人くんそろそろ時間だよ〜』




玄関までお見送りするのももちろん日課。お気に入りの靴を履いた健人くんが、くるりと振り返る。その表情は何時もより寂しそうで。珍しいね、いつもお仕事に行く時に寂しがるのはわたしで、宥めるのは健人くんなのに。元気を出して仕事に行って欲しいのに長い睫毛が伏せられ切ない影を作った。




「それじゃあ○○、行ってくるね」
『うん、いってらっしゃい』



















それから半日経って漸く、がちゃり、と再び玄関の扉が開く。ぱたぱたと出迎えばすっかり疲れ切った顔の健人くんに心配で胸が苦しくなる。




『健人くんおかえり、お疲れ様』
「○○ただいま、疲れた...」
『うんうん、よく頑張りました』
「ちょっと休憩、」




そう零した健人くんは珍しくお風呂に入る前に冷蔵庫からお酒を取り出す。ひんやりと冷えたビールがぷしゅ、といい音を部屋に響かせた。見たことが無いくらいハイペースで3本も潰せばそんなにお酒が強くない健人くんはほんのりと目が赤くなっている。カラカラとベランダの窓を開ければ秋の少し淋しくさせる風が吹き、空には都会にしては珍しいくらいの星が飾られていた。





「○○、あのさ」

『うん、なあに?』

「こんなにお酒飲んで言うことじゃないし、本当は初めて行ったあそこのレストランで言おうかと思ってたんだけどさ」

『...うん、』




「俺と、結婚してください」





真剣な眼差しに心臓をぎゅ、と鷲掴みにされる。でも、その視線はわたしを捉えることはない、当たり前だけれど。散々心の何処かで待ち続けていた言葉なのに嬉しさよりも切なさが増すのは、きっとわたしたちが一緒になることは永遠にないからだね。




「...なんて、聞こえてんのかな」

『ちゃんと聞こえてるよ、?』

「これさ、見つけた瞬間絶対○○に似合うと思って、もうこれだ!って...プロポーズ上手くいく自信結構あったんだけど、どう?」

『...大成功、だよ、』





小さな箱の中でキラキラと光る輪っかに、こんなに胸が張り裂けて千切れて粉々になってしまったような痛みとどうしようもない喜びを感じるのに、頬には一滴の涙も伝わない。痛む心臓に手を当てれば何度も確認した通り鼓動はなくて。3日前に事故にあったわたしはもう既にこの世に存在しないことを再度知らしめられる。




諦めきれず健人くんに触れようと頬に手を伸ばせば、わたしとは反対にボロボロと真っ赤な瞳から涙が溢れそれはわたしの手を透けてフローリングにまあるい円を描いた。





「...ッ○○、会いたい、抱き締めたい、早く、帰ってきてよ、!」


『健人くん、...わたしは離れてもそばにいるしずっとずっと味方だよ、それだけは忘れないで?あ、冷房の温度は下げすぎ禁止だからね?』


「、○○...ずっと、愛してるから」




片手で顔を覆い隠した健人くんの手の隙間から涙と押し殺した嗚咽が零れ落ちる。







その時、どくん、と冷えた心臓が一度鼓動を打つのを確かに感じた。頬に添えていた手が温く熱を持てば健人くんの顔が勢いよく上がった。





「○○、?ッ○○、!」


『健人くん、泣かないで、お願い、わたし健人くんの笑った顔が今もずっと大好きだよ』


「分かったから、笑うから!お願い、行かないで、ずっと俺のそばに居てよ、!」





何処にも行かせないように身体が軋むくらい強く抱き締められればこの3日間感じられなかった健人くんの体温や匂いを感じて。


やっぱりわたしは、世界一幸せだ。
だってこうして健人くんと出逢って時を重ねて愛を育ててプロポーズまでして貰えたんだから。これ以上の幸せなんて、もうないね。





『約束、ね?健人くん、わたしも今も未来もずっと、愛してる』


「俺も愛してる、大好きだよ、」







そっと唇を重ねれば今までで1番しょっぱいのに胸がほろほろと蕩ける味がした。




左手の薬指に指輪が通され健人くんがボロボロの顔だけれど幸せそうに微笑んだ、刹那、









カラン、と床に金属が当たる音と共にわたしは星になった。






















あとがき


今回のお話は読み終わったあと、もう一度読み返せば深くお話が分かって頂けるのではないかな、と思います。普段後書きを記すことはないのですが、ネタバレになってしまうためここでお伝えさせて頂きます。


そしてきっとこの後○○ちゃんは生まれ変わって健人くんと出逢い、猫になっていようと何歳年が違っていようと、また惹かれ合い愛し合える運命だと、わたしは願ってしまいます。