Honey boy Ⅳ
ココアブラウンな健人くんと糖度たっぷりのある日。
あのわたしを誘惑し惑わして仕方なかった金がハニーゴールドならば、今度はココアブラウン、とでも言おうか。糖度はチョコレートと同等、いや、それ以上かも。ビタースイートなその色は彼の魅力をまた甘ったるく振り撒き、わたしを困らせている。
"健人くん金髪もすっごくかっこよかったけど、茶髪も似合う〜!"
「ほんと?ありがとう、」
"あの、連絡先とか......"
「ごめんね、俺彼女いるんだ」
健人がかっこいいことなんて世界中の誰よりわたしが知ってる。大体、今度は茶色もいいんじゃない?、と勧めたのだってわたしなのに。内心こんなに嫉妬してるだなんて、どうしようもない。
健人の髪がココアに染まってから数日経つというのに、周囲の熱は収まるばかりか他学科がわざわざ見に来る始末。それに、前は健人が嫉妬することの方が多くてその頻度に少し困っていたくらいなのに、最近じゃ"お前が彼女なんだから、な?"と見兼ねた風磨に宥められる。
だからわたしも、健人を困らせてみることにしたんだ。
「、っえ?まってまって、え、[FN:○○]ちゃん、?」
教室の真ん中でぽかん、と口を開けた健人に心の中ではふふん、と得意気に笑いながらも表情は平然を装う。まんまるに開かれた彼の瞳に映るのは、肩上で毛先がくるん、と巻かれたお揃いのブラウン。
一緒の髪色、なんて普段素直になれないわたしにとってはほんとはちょっぴり恥ずかしい。
けれどそれは彼女だけの特権の気がした。
『...どうかな?』
「、可愛すぎ!世界一可愛い!」
『ふふ、調子良いんだから』
「ほんとだよ?ねえ、この色ってさ、」
飼い主に撫でられて喜ぶわんこみたいな顔をした健人の手が丸まった毛先に触れる、寸前。飛んできた声によって伸びた腕がピタリと止まった。
声の主は最近知り合ったゼミの男の子で。実を言うとわたしは良く言えばフレンドリー、悪く言えば馴れ馴れしい彼の事が少し苦手だ。
"あれ、[FN:○○]髪切った?しかも染めてる〜"
『あ、うん、』
"かわいーじゃん、俺結構好きだわ"
不意に彼の指が髪を梳いた瞬間、ぐい、と腕を引かれた。もう授業が始まるというのに、そのまま教室を連れ出される。
辿り着いた空き教室の窓ガラスには、健人とわたしのココアブラウンが並んでいた。
「えっと、ごめん、授業...怒ってる?」
『うん、怒ってる』
先程とは一転してしゅん、と見えない耳を垂らす健人に思わず吹き出す。冗談だと伝わったのか、安堵したように浅く息を吐けばそっと抱き締められた。
「[FN:○○]ちゃんのことになると全然余裕無くなる、」
『......わたしもだもん、最近ずっと女の子と話してるの見て、その、...嫉妬してた』
「ッ〜〜!も、可愛すぎるから、」
我慢できない、と言うように少しだけ乱暴に唇が重なる。大学という公共の場であるのを忘れ、愛おしさと嫉妬でどんどん口付けは加速する。きゅ、とシャツを握ればそれが合図のように舌が差し込まれ、あっという間に健人でいっぱいになった。
「[FN:○○]ちゃんに触れていいのは俺だけだから」
暫く経ってやっと離れた唇が、先程彼が触れた部分に口付けを落とす。その王子様のような仕草に、する筈もないチョコレートの甘い香りが漂う様な気がした。
「俺のためにこの色にしてくれたって思ってもいい?」
『うん、...でも、やじゃない?』
「そんな訳ないじゃん、毎日見る度に、俺の[FN:○○]ちゃんなんだって嬉しくなるもん」
どうして健人はわたしが喜んでしまう言葉ばっかりくれるんだろう?最近のモヤモヤはいつの間にか何処かに吹き飛んで、今じゃ頬を桃色に染めてしまう。
甘ったるいくらいのココア色は、きっとわたしたち2人によく似合ってる。
「あ、今夜楽しみだね」
『今夜?え、何かあったっけ?』
んー?、そう悪戯っぽく笑った健人に検討がつかず首を傾げれば、こういうこと、と下唇をぺろ、と軽く啄まれる。一瞬にして理解すれば、頬は桃色を通り越して朱に火照った。
『、ッ!......もうお預けだからね』
「え!なんで!やだ!」
少し短くなった髪を揺らしながらやだやだ、と駄々を捏ねる健人はやっぱり可愛くて愛おしくて。先に好きになった方の負け、なんて間違ってる。だって、結局わたしは今夜も健人によってチョコレートのようにドロドロに溶かされてしまうんだから。
カカオが香り立つような宵の話は、また今度。
end ❤︎